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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)633号 判決 1961年6月15日

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社平和相互銀行

被控訴人(附帯控訴人) 小林医科工業株式会社破産管財人 服部定雄

主文

原判決中被控訴人(原告)の第二次の請求につき、「原告のその余の請求を棄却する。」とある部分を除き、その余の部分を取り消す。

控訴人は、被控訴人に対し金五十二万七百六十四円およびこれに対する昭和三十一年九月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の第一次請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人兼附帯被控訴人(以下控訴人と略称する)代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人兼附帯控訴人(以下被控訴人と略称する)代理人は、控訴棄却の判決ならびに「原判決中被控訴人の第一次請求を棄却した部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し金五十五万四千六百三十九円およびこれに対する昭和三十一年九月二十九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、左記を附加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、それをここに引用する。

(一)  被控訴代理人において

商法第三百八十六条による弁済禁止の仮処分は、会社整理の必要上、会社財産の保全のためになされるものであるからこれに反してなされた弁済は効力規定に反するものとして無効である。もし然らずして、右処分は単に整理会社に対して不作為義務を課するに過ぎず、これに反する行為も有効であるとすれば、かかる命令を発する実効性はほとんど存在しないことになるから、右見解の失当であることは明白である。控訴人は本件弁済禁止の仮処分命令の発せられていることを知りながら破産会社から弁済を受けたものであるから、その受領した金員を被控訴人に返還する義務があるのは当然である。しかるに、原判決は、右仮処分命令は会社債権者に対してはなんらの効力がないとして被控訴人の第一次請求を棄却したのは失当であるから附帯控訴に及んだ。と述べ、

(二)  控訴代理人において

(1)  原判決五枚目裏七行目に「一万一千百二十円」とあるのを「一万一千三百二十円」と訂正する。

(2)  被控訴人は、本件弁済を、破産法第七十二条第一号に該当する行為であるから否認すると主張するけれども、右弁済は破産会社がなしたものではなく、連帯保証人たる小林文吾個人がしたものであるから否認の対象にはならない。仮に本件弁済が破産者の行為と認められるとしても、破産者は右弁済が破産債権者を害することを知つてなしたものではないから、それは破産法第七十二条第一号には該当しない。

被控訴人の本件否認権の行使は、債務者(破産者)が債務の消滅に関する行為をしたという事実を否認するものであるから、その主張自体からみて、破産法第七十二条第二号に基づく主張であつて、同条第一号に該当することを主張するものではないことが明白である。そうだとすると、否認の要件としては、受益者がその行為の当時、支払の停止もしくは破産申立のあつたことを知つていたことを必要とするのであるが、控訴人は本件弁済を受けた当時、右の事実を知らなかつた。整理開始命令の日は支払停止の日と看做されるという規定によつて、控訴人が支払停止を知つていたと認められるとしても、本件弁済は破産宣告の日よりも一年前のことであるから否認できない。また破産の申立については、整理開始命令の日を以て申立の日と看做されるという規定はあるが、控訴人は本件弁済を受けた当時整理開始命令が出されていた事実を全然知らなかつたのであるから、右弁済行為は否認せらるべきものではない。と述べた。

理由

小林医科工業株式会社(以下小林医科と略称する)が、昭和三十一年五月二十二日午前十時東京地方裁判所で破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたことおよび是より先控訴人が(1) 小林医科に対し、月掛相互契約に基づいて昭和二十七年八月二十日金百五十万円を給付したことによつて、小林医科に対し、払込済掛金を控除して昭和二十八年六月五日当時金五十余万円の債権を有し、(2) 小林医科に対し月掛相互契約に基づいて昭和二十八年二月三日金百万円を給付したことによつて、小林医科に対し、払込済掛金を控除して昭和二十八年六月五日当時金五十五万円の債権を有していたこと、これに対し別紙一覧表記載のとおり右(1) の債権につき、昭和二十八年六月八日金一万円、(2) の債権につき昭和二十八年六月十日から同年十二月十六日まで十五回に合計金五十四万四千六百三十九円の弁済を受けたこと(但し弁済者が何人であるかという点を除く)は当事者間に争いがない。然るに、原本の存在ならびにその成立に争いない甲第一号証および原審証人平塚祐治(第一、二回)の証言によると、右金員の弁済に先だち、東京地方裁判所は、右小林医科の取締役の申立により、昭和二十八年六月五日、同会社の整理開始の決定をし、椿荘三をその管理人に選任するとともに、商法第三百八十六条第一項第一号の規定により、小林医科に対し同月四日までに発生した金銭債務(但し従業員との雇傭関係によつて生じたものを除く)については弁済をしてはならない旨保全処分の命令を発しその頃これを同会社に告知したことが認められる。

被控訴人は、「控訴人が受領した弁済は、前記弁済禁止の保全処分命令に違反するものであるから無効である。」と主張するに対し、控訴人は、「控訴人が弁済を受けた当時、控訴人は右保全処分命令の出ていることを知らなかつたばかりでなく、前記弁済のうち、昭和二十八年八月十五日の金一万一千三百二十円(別紙一覧表記載七)を除くその余の支払は、右債務について連帯保証人であつた小林文吾(小林医科の代表取締役)個人がしたのであるから、右保全処分命令に違反するものではない。」と主張するから審究するに、成立に争いない甲第四号証の一、二、原審証人水口照一および篠沢義夫の各証言によつて真正に成立したものと認める甲第二号証の一ないし四、同第三号証に、原審証人平塚祐治(第一、二回)、同水口照一、同篠沢義夫の各証言を総合すると、次の事実が認められる。即ち、小林医科は、前記のとおり、昭和二十八年六月五日、東京地方裁判所から整理開始の決定ならびに債務弁済禁止の命令を受けたので直ちに控訴人にもその旨を伝え、前記債務の支払猶予を求めたが、控訴人はこれを承諾せず、強くその履行を請求し、もし応じなければ保証人である小林精策の財産に対して差押を執行するような態度を示したので、小林医科としては同業者である小林精策に迷惑を及ぼすことをおそれ、やむをえず、控訴人に対して前記のとおり、(但し別紙一覧表記載五の昭和二十八年七月二十三日の金三万三千八百七十五円を除く)弁済をしたこと右支払に充てた金員の大部分は、小林医科の取引先から同会社に入つてきた売掛金等であり、他の小部分は、小林医科の代表取締役であつた小林文吾が、金借、電話加入権の売却等の方法で入手した金員を小林医科に提供した(小林医科では小林文吾からの借入金として処理した)ものであつて、右弁済はいずれも小林医科がなしたものであることが認められる。乙第一号証同第二号証の一ないし三には別紙一覧表記載の一ないし四の各支払は、小林医科からなされたものではなく、小林文吾個人によつて行なわれたかのようにみえる記載があるが、右記載は前顕各証拠に照らすと、会社とこれを代表する個人とを峻別するの用意を欠いたためになされたものと認められ、また原審証人大路富男、同佐藤正、同椿荘三および同梅原進三郎の各証言中右認定に反する部分は当裁判所の採用しないところであつて、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

しかしながら、原審証人佐藤正、同梅原進三郎の各証言(但し前記措信しない部分を除く)、右各証言により真正に成立したものと認める乙第二号証の四、五および成立に争いのない乙第三号証によると、昭和二十八年七月二十三日に弁済された金三万三千八百七十五円(別紙一覧表記載五)は、かねて小林文吾が個人の資格において控訴人との間に本件の月掛相互契約とは別に締結した月掛相互契約が解約になり、控訴人から小林に返還することになつた金員のうち、控訴人が同人のために別段預金として保管していた金三万三千八百七十五円を、控訴人と小林との間の合意により、小林が連帯保証人となつていた、小林医科の控訴人に対する前記債務(前記(2) の金百万円口の掛金債務)の支払に充当したものであることが認められる。甲第二号証の二には、右金三万三千八百七十五円の支払は、小林医科の控訴人に対する別段預金を以て、前記掛金債務の支払に充てたもののようにみえる記載があるが、右は前記証拠に照らして真実に合うものとは認められず、原審証人水口照一の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆えし、右弁済が小林医科によつてなされたものと認めるに足る証拠はない。

要するに、別紙一覧表記載一ないし一六の弁済のうち、五の金三万三千八百七十五円は小林医科によつて支払われたものではないから、これが返還を求める被控訴人の請求の理由がないことは明らかであるけれども、その余の弁済は、いずれも控訴人が、裁判所から小林医科に対し、弁済禁止の保全処分命令が出されていることを知りながら、あえて同会社の出捐によつてこれを受領したものであるから、その弁済は無効であり、控訴人はその受領した金員を返還する義務があるものというべきである。控訴人は、「商法第三百八十六条第一項第一号の規定による保全処分は会社債権者に対してはなんらの効力がないから控訴人の受領した弁済は有効である。」と主張するけれども、右保全処分は、会社整理の必要上、会社財産の散逸を防止し、会社の再起更生を図るとともに、それにより総債権者の利益を平等に保護するため、とくに認められた制度であるから、弁済禁止の保全処分がある場合にこれに反して会社がした弁済は、相手方が悪意である場合には無効であると解するのを相当とするところ、本件においては、前認定のとおり、控訴人は、小林医科に対し弁済禁止の保全処分命令が出されていることを知りながら、同会社から前認定にかかる各弁済を受けたのであるから、その無効であることは明白であつて、これに反する控訴人の主張は理由がない。

従つて、控訴人は被控訴人に対し金五十二万七百六十四円およびこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和三十一年九月二十九日以降完済に至るまでの遅延損害金を支払うべき義務がある。被控訴人は、右遅延損害金について、商事法定利率たる年六分の割合による金員の請求をしているけれども、本件債権は、小林医科が控訴人に対してなした弁済が無効であることを発生原因とする、不当利得返還請求権であつて、商行為に因つて生じた債権ではないから、商法第五百十四条の適用はなく、その遅延損害金は民事法定利率たる年五分であると解するのが相当である。

そうだとすると、被控訴人の本訴請求中、金五十二万七百六十四円およびこれに対する昭和三十一年九月二十九日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当であるからこれを認容すべきであるが、その余の部分は失当であるからこれを棄却すべきものである。原判決が被控訴人の第一次請求全部を棄却し、第二次請求の一部を認容したのは不当であるから、原判決中被控訴人の第二次の請求につき、「原告のその余の請求を棄却する。」とある部分を除きその余の部分を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

債務弁済一覧表<省略>

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